今回はオフ系のフロントフォークについて解説みたいと思います。
2023.10.27一部改訂しました。
「サスペンションとは!」上級編-Part4
今回は管理人も少し開発に携わらせて頂いたことのあるトライアル車のフロントフォークについてお届けしたいと思います。
5.トライアルのフロントフォークとは!
トライアル車に使われているフロントフォークは正立フロントフォークとなります。
何がカートリッジでの進化かと言うと、片側スプリング/片側ダンパー構造なんです。
肝心の構造ですがこちらです。
©Honda Racing Corporation 2018 2010-RTL260F Owners manual & Parts list P7-36より引用
2010-RTL260Fというトライアル競技専用車のオーナーズマニュアルを入手出来ましたのでこちらの資料を使って解説していきます。
図の左側が右フロントフォークでダンパー側、右側が左フロントフォークでスプリング側となります。
まずはダンパー側から説明して行きましょう。
1).片側ダンパー構造
©Honda Racing Corporation 2018 2010-RTL260F Owners manual & Parts list P5-5より引用
上からRフォークボルト+アジャスターニードル
2段目がダンパー(カートリッジ)コンプ
3段目がインナーチューブ、スライドブッシュ、オイルシール類
下段がボトムケースコンプ+センターボルト
となり、上段と2段目で減衰を発生させるカートリッジアッセンブリーとなります。
競技専用車ということもあり、伸び側、圧側共に減衰力アジャスターとイニシャルアジャスターが標準装備となります。
その伸び側アジャスターをフォークボルト上から可変させるために長ーいロッドの先端に伸び側のアジャスターニードルが付いています。
そんなトライアル用フロントフォークですが、管理人が関わる前から既にこちらの片側ダンパー構造を正立フロントフォークで成立させてました。
狙いは軽量化なんでしょうけど、常用域で使う低速域の減衰力値が低いので成立し易かったんだと推測します。
そのトライアル車のカートリッジ構造ですが、片側ダンパーである以外は比較的オーソドックスな構造となっています。
ちょっと見ずらいですが、2段目のロッドの途中にバンプラバーを装備してます。
2).片側スプリング構造
©Honda Racing Corporation 2018 2010-RTL260F Owners manual & Parts list P5-8,9より引用
左図が下側に付いているオイルロックピースとシリンダーコンプとなります。
シリンダーコンプの上側にスプリングが載ります。
このトライアル車のフロントフォークですが、部品で観ると凄く簡単な構造ですよね。
目新しいのは片側スプリング/片側ダンパー構造だけみたいですけど…。
だからと言って、トライアルのサスペンション開発が簡単だったかと言うと答えはNoですね。
管理人は過去にロードレースでも片側スプリング/片側ダンパー構造をトライした事があるんですが、実戦投入までは出来たものの、当時に於いては全てのライダーには受け入れて貰えなかったです。
このロードレースの場合は本来2本のカートリッジで受け持つ減衰力を1本で受け持たせる様になったからです。この辺りの解説はまたの機会にしておきます。
でもって、トライアルでの開発はどうだったかと言うと減衰力の部分はさほど苦労しなかったです。
この開発で一番苦労したのがボトム域の吸収性です。
部品で言うと一番左側のオイルロックピースが該当部品の一部ですかね。
こちらは後ほど、よもやま話で詳しく語ってみたいと思います。
3).インナーチューブのコーティング処理について
現在の2輪スポーツ車では、ゴールドカラーの窒化チタン処理、ブラックカラーのDLC(Diamond-Like Carbon)が主流ですかね。
このトライアルのフロントフォーク開発で拘った事と言えばインナーチューブのコーティング処理なんですよ。
折角、真新しいトライアルのフロントフォークを出す訳ですから、性能はもちろんですが、外観でもそれなりのインパクトが欲しいと思いますよね。
そこで登場したのがレインボーカラーのコーティングだったんですよ。
レインボーカラーってどうやって実現したかと言うと、窒化チタンコーティングの上に更に酸化チタンコーティング処理を施すんですが、この酸化チタンコーティングの膜厚を変化させると色が変わるんです。膜厚は確か数十ナノミクロン単位だったと記憶しています。
もちろん作動性向上のために割高なコーティング処理を施すんですが、当時この2層処理は更に割高でした。おまけにレインボーカラーが安定せず歩留まりも悪かったんじゃないかな。
それでも入れたいってのは、ある意味で技術屋の拘りだったと思います。
もうこのマニュアルの車両では使われていませんが、デビュー当時は鮮烈な印象を与えたと自負しています。
4).トライアルサスペンション開発のよもやま話
管理人が最初にトライアルに関わった頃はイタリアのPaioli Meccanica製のフロントフォークが全盛でした。
上司の何気ない「なんでトライアルはSHOWA製じゃないの?」と言う一言で開発がスタートするんですけど、最初は苦労の連続でした。
何が難しいかと言うと、トライアルという競技では、常用ストローク量と飛び降り等で使うストローク量が大差ないと言うことなんです。
同じオフ系のモトクロスを参考に説明するとモトクロスの場合、ストローク量が320mm前後で常用が250mm前後、ジャンプ着地ではほぼ320mmフルストローク近くまでを使って吸収するって塩梅です。
従って、常用からフルストロークまでの70mm前後が吸収ストローク量として取れる訳です。
これがトライアルになるとストローク量175mmに対して常用170mm前後となるので、吸収ストローク量は残り僅か5mmで、この僅か5mmで3mほどの飛び降り着地時も吸収させないといけない訳です。
厳密な事を言えば着地前の175mmからが吸収ストローク量とも言えるですが、前述の通り、170mm前後はライダーが自由にストロークさせられるセッティングにするので、フルストロークまでの残り5mmが純粋な吸収分に取れるストローク量となります。
モトクロスほどの吸収ストローク量があれば余裕なんですけど、たった5mmでどうするのって感じで最初は唖然としてました。
基本の減衰特性領域では充分な優位性は出せたんですが、このボトム吸収性領域が中々成立しなかったんですよ。
ベースのPaioli 製はと言うと、このボトム吸収性がピカイチで、こちらはそれと同一レベルの吸収性にも遠く及ばない。
明けても暮れても、ひたすらフロント浮かせては岩に強くぶつけてボトムさせるテストを繰り返す訳です。
この状況が、とあるアイデアで一挙に解決して性能が逆転するんです。
最終的にはボトム領域でのショックを完全に消すことが出来て、Paioli 製を超えることが出来ました。
ただこれだとライダー自身がボトムしたところが分かりにくいと言うことで、ちょっとだけ手ごたえを感じるように仕様を少しだけ戻したのを覚えています。
こうして晴れてPaioli 製の性能を全性能で上回ることが出来て、仕様が決まりました。
でもって、これだけじゃつまらないですよね。
兎角、技術屋は何かしら拘りたがる訳なんですよ。
で、何に拘ったかというと、前述のインナーチューブの色なんです。
やっぱり鮮烈にデビューさせるなら外観でもインパクトがほしいじゃないですか!
そんな中でレインボーカラーを敢てチョイスする訳ですが、これがコストと折り合いがつかない。
評価会では、案の定、役員に突っ込まれましたが、トライアルは性能上、作動性重視なので、この仕様は譲れないと言い切って押し通しました。
今だから言いますが、作動性はゴールドの窒化チタンコーティングとそんなに大きく変わらないんです。
でもって、市場評価はどうだったかと言うと、市場での評価も上々で営業サイドからもお褒めの言葉を頂きました。
市販車初のレインボーカラーにはこんなよもやま話もあったんですよ。
終わりに
何だかんだと書いていたら既に3400文字をオーバーしてますので、今回はこの辺りで終りにしたいと思います。
ただトライアルにはそんな開発に付き合った経過もあり、何処かでサスセッティング編でもやりたいと考えてます。
でもって、次回はモトクロス編をご紹介しようかと思っています。
kazySUS