前回のRACERS Vol.59 もう一つのNRでは車体編をお送りしましたので、今回はエンジン編をお送りしたいと思います。
今回のRACERSはモトクロスという競技が一番輝いていた80年代モトクロス特集です。
40年も前の5年ほどの間にモトクロスの技術革新として車体系とエンジンの開発がどのように行われたのかが分かる貴重な資料だと思います。
80年代モトクロスの技術革新とは!
前回は車体系の技術革新をご紹介したので、今回はエンジン系の技術革新を取り上げてみたいと思います。
2.エンジン系の技術革新とは!
皆さんはモトクロスという競技をご存じだと思いますが、現在は4ストロークの単気筒です。
4ストロークの前は2ストローク単気筒が主流でした。
そんな中、モトクロスの2ストロークに於いて2気筒を開発してレースに出したのがHondaです。
2ストローク2気筒エンジンとは!
モトクロス競技に於いて、2ストロークの2気筒を出したのがHondaが最初かと聞かれると違うみたいですけどね。
記事によると、79年にジレラというイタリアのメーカーが125ccの2気筒出しているみたいですが、125ccと250ccの両方を開発してレースに出したのはHondaだけだと思います。
125ccにはパラレルツイン、そして250ccについてはタンデムツインとパラレルツインの2仕様が存在しています。
株式会社三栄 RACERS Vol.59 P54より引用
上記エンジンレイアウト図の右側が250ccのタンデムツインです。
250ccのパラレルツインのレイアウト図は記載されていないんですが、左側の125ccのパラレルツインとほぼ同じだと思われます。
タンデムツインの特筆すべきは6軸レイアウト前後クランク逆回転で同爆ってところでしょうか!
前後シリンダーの吸排気を成立させるため絶妙にオフセットさせてレイアウトしているところとかに苦労のあとが見受けられます。
前後をオフセットさせているため、前側のクランク軸からプライマリーシャフトにはアイドルギヤを介して動力を伝える構造になってますね。
そのお陰で前後のクランク回転を逆回転にも出来る訳ですが…。
余談ですが、YamahaのGP500マシンであったYZR500はV型2軸クランクレイアウトですが、ギヤで前後を連結していたため、こちらも前後バンクで逆回転となっています。
この逆回転によるメリットも少なからずありますが、その辺りはよもやま話でさせて頂くとして、話を続けます。
タンデムツインで前後をオフセットレイアウトとしたのは、エンジン前後長を出来るだけ詰めて単気筒と同じにしたいという狙いがあったように感じます。
もちろん、一番はエンジン幅を広げたくないという理由からタンデムツインレイアウトを採用している筈です。
話は前後しますが、最初に開発がスタートしたのは、125ccのパラレルツインで79年11月開発スタートのようです。
奇しくも125ccのパラレルツインから250ccのタンデムツイン、そして250ccのパラレルツインと開発が繋がってゆくのに何か感じるものがあります。
なぜこれほど、2気筒に拘ったのか?
普通に考えると高回転、高出力化が狙いだと思います。
モトクロスという競技に於いては、低速トルクが求められる状況にありながら、敢えて2気筒なんでしょうかね。それでも高出力なら相殺出来ると考えたのか?
ただ本当にだめかは実際にやってみないと分からないという考え方はあると思いますし、技術者の人材養成にはこんなやり方もありだと思いますね。
結果論から言えば、この2気筒化の知見が後のNS500の3気筒エンジン開発に繋がった事は明白なんでしょうけど…。
この辺りの答えは最終ページ手前にある開発責任者の方の次のコメントにあるような気がします。
そもそもは、モトクロス日本GPに高松宮さまをご案内する「オヤジさん」に恥をかかせるわけにはいかないという発露から、「やれることは全てやる、それでも漏れがある」、「人事を尽くして天命を待つ」と上層部に申し述べたところ、当時の久米社長が「その通りだ」とのことで、ゴーサインが出たものです。
株式会社三栄 RACERS Vol.59 P96より引用
こう言う理屈が通るところがHondaらしいし、まだ当時はこう言う真の技術者がいて素晴らしい開発環境にあったんだと想像します。
2ストローク ロータリーディスクバルブとは!
管理人がもう一つ興味が湧いたのがこちらのロータリーディスクバルブ吸気ですかね。
株式会社三栄 RACERS Vol.59 P58より引用
当時のモトクロスエンジンはもちろん2ストロークなんですが、ほぼリードバルブ吸気でした。
唯一の例外が前述のジレラ125のタンデムツインのサイド吸気ロータリーディスクバルブと83年Yamahaの庄司選手がチャンピオンを獲得したYZM125ですかね。
普通はクランクシャフトから直接ロータリーディスクを駆動させたいので、クランクケースサイド吸気となります。
それをわざわざベベルギヤ駆動にしてクランクケース背面(通常のケースリード位置)にレイアウトするという難しい技術にチャレンジしたんですね。
それも85年から実施されるモトクロスの市販車ベースのレギュレーションに対応させるべく腰下(クランクケースのシリンダー座面から下をそう呼ぶ)は量産前提で設計し、そこから背面ロータリーが取り付けられる形状に図面を改修しているそうです。
でもって、それだけでは終わらず、当初はロータリーディスクは可変バルブタイミング機構付きの2枚合わせのディスクだったそうですよ!
最終的にはシングルディスクの可変機構ナシとなったみたいですが、リードバルブ吸気に対して低速トルクの無さは、やはりモトクロッサーとしては致命的だったみたいです。
当時のレーシングカートの世界ではロータリーディスクバルブ吸気が全盛だったと思いますが、ピーク出力だけじゃなく、より低い回転数も常用するモトクロッサーでは厳しかったんだと思います。
なので紙面にもある通り、レース後半戦のマウンテンコースではリードバルブ吸気に戻して参戦となっています。
こう言う未経験の技術って、机上検討でダメって結論を出すのは簡単なんですが、そこで止めさせると技術者の経験にはならないので、こうやって実戦まで投入して何が本当にダメなのかまでを経験させることはとても大事なんだと思います。
そしてメーカーは異なりますが、背面ロータリー機構は、ロードレースGP125の最終年にAprilia RSAがチャンピオンを獲得して花開く事になるとは当時の技術者も考えてもなかったと思います。
2ストロークのUFOピストンとは!
一番びっくりしたのはこのUFOピストンかも知れません。
当時、NR500で採用していた楕円(正確には円と直線を繋いだ長円)ピストンをモトクロス用の2ストロークエンジンでもテストしていたとは驚きですね。
同誌によるとファイヤリングまで至ったのかは不明みたいですが、ピストン形状までイラストで紹介されてますから、気になる方は紙面で確認下さい。
2ストロークのその他の革新技術
ここでは紹介を省きますが、ATACから始まり、H.P.P.と呼ばれた排気バルブまで繋がる排気デバイスも説明されていますので気になる方はぜひ紙面で確認下さい。
尚、今回取り上げたRACERS Vol.59は既に書店には置いていないと思われれますが、まだ通販では購入出来るようです。
2ストロークエンジンのよもやま話
2気筒のところで少し触れたV型エンジン含めた2軸クランクでの前後逆回転のお話を少しして置きます。
モトクロス用エンジンの小排気量では、あまりメリットは出せないかも知れませんが、GP350とかGP500などのロードレーサーでは操安上のメリットが多少なりとあるようです。
何が要因なのかと言うと、加減速によるクランクトルク反力が少なからず操安性能に影響しています。
身近にトルク反力を感じるにはスタンドを掛けた状態のバイクで空ぶかしをしてみて下さい。
トルク反力に連動してフロントフォークが微妙にストロークします。
前回りの正回転だと、空ぶかしでフロントフォークが伸びる方向にストロークすると思います。
管理人もうろ覚えですが、前回りのクランク回転と後回りのクランク回転に加えて、前後逆回転のエンジンの完成車性能評価なるものが行われたと聞いた事があります。
前後逆回転が、結果的に一番操安性能の評価が良かったようです。
前後で逆回転にすると何が利点かというと、クランクシャフトにより加減速で発生するクランクトルク反力を相殺出来る点なんですね。
前回りと後ろ回りは一長一短ですが、後ろ回りの方が評価が良かったような気がします。
因みにYamahaのGP500マシンであったYZR500はV型2軸クランクレイアウトなので前後逆回転ですね。
KawasakiのロードレーサーKR250/350のタンデムツインも同様に前後逆回転です。
HondaのNS500はプライマリーシャフトがありますので後ろ回転ですね。
Hondaのもっと古いロードレーサーも後ろ回転のエンジンが多いと思います。
加速時のウィリーを助長しにくい方向がどちらかと考えれば分かり易いかも知れませんね。
ただ、やっぱり加減速で車体に無駄な前後回転方向の力が掛からないのが、一番良さそうなのは分かって頂けると思います。
kazySUS